身長2メートル強、根っからの暑がり。同じ体形の864人で膨大な計算をこなし、不平ひとつこぼさない――。スーパーコンピューター「京(けい)」である。この夏で引退すると聞き、神戸市の理化学研究所を訪ねた▼「私たち研究者に見たことのない眺望をたっぷり見せてくれました」。ねぎらうのは理研顧問の平尾公彦さん(73)。軍事利用が盛んな他国のスパコンと違い、京は民生専門に使われた。町ごと時間ごとの雲の動きを予測し、心臓手術の精度を高めた▼現役生活8年半。地球の全員が休まずに電卓をたたいて17日かかる仕事を1秒でこなす。その驚異的な速度で世界の頂点を2度極めた。「陸上競技にたとえるなら、短距離走も高跳びも幅跳びもこなす。多芸多才な名選手でした」と平尾さん▼逆風にさらされた時期もある。「世界2位ではダメなんですか」。開発途上の2009年、民主党政権による事業仕分けで予算の一部が凍結され、世界1位の座は絶望的に。科学者らが政府に再考を迫り、辛くも息を吹き返す。完成まぎわには、東日本大震災で部品工場が被災する危機にも遭った▼引退を惜しむ声もあるが、水冷と空冷にかかる費用が膨大で、撤去が決まった。省電力で高性能を発揮するスパコン「富岳(ふがく)」に道を譲る▼京が外部との接続を断つのは今月16日。電源を落とす30日には式典も開かれる。まことに浮き沈みの激しい生涯だったが、不眠不休の働きぶりに深甚なる感謝を捧げたい。長年のお勤め、お疲れ様でした。