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136 仕事部屋

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家族の優しさに感極まって涙を堪えられなくなった俺を翡翠と優奈が側で抱き支えてくれて、俺はさらに涙があふれてきて泣き崩れてしまった。
 しばらく泣いた後、我を取り戻した私を見守る家族の目は優しくて、それがなんとも気恥ずかしくていたたまれなかった。
 俺が落ち着いた頃合いで、父さんがテーブルの上に見たことのない鍵を二本と一枚のメモを置く。
 メモには知らない駅前の住所が書かれていた。
「俺がときどき仕事部屋として使っているワンルームマンションの鍵だ」
 意味がわからなくて首を傾げている俺に、父さんはそう教えてくれた。
「どうしてこれを……?」
 仕事関係のことは極力家庭には持ち帰らないのが父さんの基本的なスタンスだった。それは、俺が今までこのマンションの存在を知らなかったくらいに徹底されていた。
 父さんは呆れたように溜め息をつく。
「アリシアを宿すためにしなければいけないことがあるだろう。お前はどこでするとか考えなかったのか?」
「あ……」
 父さんに言われて初めてそのことに気づいた。
 蒼汰の家は神社の敷地内にあり、大っぴらにそういうことをするのはあまり好ましくない。
 俺の部屋でするのも都合が悪い。母さんは在宅の仕事で基本的に家に居るし、隣には優奈の部屋もあるからだ。
 だからと言って、それ用のホテルを利用するのも難しいだろう。高校生である俺たちが出入りするところを誰かに見られたら確実にアウトだ。
 そう考えると気兼ねをしなくていいマンションの部屋というのは大変ありがたい話だった。
「しばらく使う予定はないから、お前たちで使うといい」
 だけど、セックスするために用意された部屋というのは、なんだかとても生々しく思えてしまう。
 うちは割りと性にオープンな方だと思うけど、これだけあからさまにセックスする前提の話というのは初めてで、どうにも反応に困ってしまう。
 ましてや、ここには自分の家族だけじゃなくて、蒼汰の家族も一緒なのだ。
「あ……ありがと……」
 俺は手を伸ばして、机の上の鍵をメモと一緒に手の内に握り込んだ。思わず手が震えてしまっていたのには、誰にも気づかれなかっただろうか?
 微妙な沈黙を断ち切るように、父さんはわざとらしく咳をしてから口を開く。
「蒼汰くん」
「は、はいっ!」
 突然話しかけられた蒼汰は、飛び跳ねるように背筋を伸ばして答える。
「えーと……あー、なんだ。その、うん……がんばれ」
 適当な言葉が思いつかなかったようで、父さんにしては珍しく歯切れが悪かった。蒼汰とは種を貰うだけの関係になるので、俺のことを頼むと言うのも少し違うんじゃないかと考えたのだろう。
「わ、わかりましたっ!」
 蒼汰はカチコチになっていた。
 こいつと、する……んだよな、俺……
 改めてそのことを意識してしまい俺は息を飲む。
 手の中に握りしめた鍵は冷たくて、やたらと存在感があった。
「他に何もないようなら、これで解散ってことでいいか?」
 と、父さんが言う。
 誰からも異論は出なかったのでそのまま解散となり、そのまま大人たちは部屋を出ていった。
 だけど、俺たち子供は誰も立ち上がろうとせず、全員が残ったままだった。
 俺は蒼汰としなければいけない話があったので。他の三人も同じなのかもしれない。
「ええと、これ……」
 俺は、鉄の輪っかから鍵を一本外して蒼汰に差し出す。
「お、おう」
 蒼汰はぶっきらぼうに返事をすると、手のひらを上にして突き出してきた。俺は親指と人差し指で摘んだ鍵をそこに落とす。
 それから、スマホを操作してマンションの住所をメッセージで送った。
「…………」
 不意に訪れる沈黙。
 蒼汰にこれからのことを相談しないといけない。
 そう思いながら、どうやって切り出したらいいのか分からずにまごまごしていると、優奈が先に口を開いた。
「それで、アリスはこれから蒼兄とエッチするの?」
 身も蓋もない言葉に一瞬ぎょっとするけど、言い繕っても仕方ないことなのでそのまま話に乗っかることにした。
「う、うん……蒼汰が大丈夫なら、この後お願いできたらって思ってるんだけど……どうかな?」
 前の生理からかなりの日数が経っているので、今の俺が妊娠できる可能性は正直低いと思われる。だけど、ゼロじゃない以上精子を受け入れて妊娠できるようにしておきたいと思う。
「お、俺はいつでも大丈夫だ」
「そ、そっか……それじゃあ、お願いしていい?」
「お、おう……」
 頭に血が登って蒼汰の顔を見られない。
 多分蒼汰も同じようになっているんじゃないかと思う。
「それじゃあ、これからアリスは準備しないとだから、今から二時間後にマンションで集合ってことで!」
 俺達が再び黙ってしまったので、優奈が話をまとめようとする。
「……二時間もかかるのか?」
 口に出た蒼汰の疑問に俺も同感だった。
 そんなに時間をあける必要はあるのだろうか。
「アリスは女の子だからね。これくらいでもまだ短い方だよ。だから、蒼兄はおとなしく待っててよね」
「わ、わかった」
 時間を置くより、このまま終らせてしまいたいのだけど……そう、俺は口を開こうとして。
 そういえば、今日はどんな下着をつけてたっけ?
 ふと、そんなことが思い浮かんだ。
 えーと……
「……それじゃあ、蒼汰。また後で」
 少し考た後、俺はそう蒼汰に話していた。
 ……うん。一旦家に帰って下着を着替えてこよう。
 エイモックのときと同じ失敗を繰り返すのは良くない。


IP属地:福建1楼2020-02-07 22:55回复