●中国のことは全然知らない
荒木 恥ずかしながら酒見さんの作品は『墨攻』しか読んでいないんですけど、なにか私と共通点があるような気がするんです。感情のおもむくままに書きつづっていく人というのは、最初と最後であまり関係なかったりしますけど、酒見さんのは理論的に物事が進んでいきますよね。そういうところが似ているかなと。
酒見 論理的に書いてるつもりはないですけど、いわゆる歴史について書くわけだから、資料はちゃんと集めなきゃいけないということで。でも、緻密な計算なんてないんですよ、実は。
荒木 やはり、昔から中国のことを調べていたんですか。
酒見 いや、中国のことは全然知らないんです。つくって書いているから、ちょっと恥ずかしい。
荒木 そうなんですか。でも、漫画にもそういう人がいっぱいいますよ。拳法にしたって、うそばかり書いてますから。
酒見 でも、知らないのに書くというのはちょっと怖いですね。識者の指摘とか、中国に一年なり住んだ会社員とかに、こんなことないよとか言われたら、もうそれでアウトじゃないですか。今のところはないですけど、今後、ありそうですね。
荒木 といっても、ある程度は創作する歴史みたいなものもあるわけだから。
酒見 僕はみんなつくり物ですよ。だけど、全然存在しないような武器を書いたりしてはいけないし、実在の国を勝手に滅ぼしてもよくないし。その程度の制約があるだけですよ。
荒木 でも、歴史上の人物を出すときは、もういつ死んだのかわかっていますよね。そういう場合は、ちゃんとそこで死ななきゃいけない。
酒見 大丈夫、『墨攻』には歴史上の人物はほとんど出てこないから。
荒木 そうなんですか。いや、僕はてっきり漢字が出てくるともう、実際にいた人かと。
酒見 要するに、映画をつくるときに荒れ地を見つけて、そこにセットをつくってという感じなんです。城も自分で考えてつくったものですし。
荒木 ビッグコミックで漫画になっていますけど、あれは酒見さんの想像通りの絵になっているんですか。
酒見 というより、僕はあの頃の服装も全然知らないから、ああ、こんな服着ているのかとかね。
荒木 そうなんですか。(笑)
酒見 貴族の服なんかはわかるんですね、ちゃんと絵が残っているから。でも、庶民がどんな服を着ていたとか、何を食べていたかなんていうのは、全然わからないわけですよ。城にしても、あの頃の城壁は残っていないですから、難しい問題をいっぱいはらんでいるんでしょうね。
荒木 遺跡みたいのはあまりないんですか。
酒見 いっぱいあるんですけど、さすがにニ五〇〇年前となるとちょっと難しい。エジプトとかギリシャは石でつくってあるからちゃんと残っているけど、中国のは叩けば壊れるんですね。あれ、土を固めてつくっているらしいから。だから、そういう意味で、本当はあの小説はうそが書いてあるんですけど。
荒木 でも、全然うそだと思わなかったな。
酒見 だから、どうも中国物のエキスパー卜だと見られてしまいがちで。僕は嫌だ嫌だと言っているんですけど。SFも書いていますし、別に中国物にこだわって書いているわけじゃないんですよ。
●読者の想像をおもしろく裏切る
酒見 ジャンプで連載している『ジョジョの奇妙な冒険』でも格闘技が出てきますね。荒木さん自身、格闘技はけっこうやっているんですか。
荒木 全然やっていません。剣道をやっていたことはあるんですけど。
酒見 見る方も?
荒木 ないですね。テレビでやっている程度なら見るんですけど。それに、格闘技を書いているという感じはあまりないんです。酒見さんもそうだと思いますが、人間の駆け引きというんですか、その辺がおもしろいわけで。だから、プロレスとか、はっきり言って嫌いですね。
酒見 荒木さんはそうおっしゃるけど、実は、プロレスも同じなんですね。プロレスだと相手の外人なりなんなりの力を、十分引き出してからやっつけなきゃいけないというのがあるわけですよ。ようするに、未知の格闘家が襲来した場合、相手の持ち技を出さないうちに倒してはいけないわけです。向こうの強さを何回か観客およびレスラーに見せつけた後で倒すべきなんですね。漫画でも同じだと思うんです。はっきり言って、危険なやつだったらすぐ殺しちゃえばいいんだけど、やっぱり、相手の凄味を見せつけた後で一発逆転する。これは絶対に必要なことです。
荒木 一撃必殺だったら、ジャンプみたいな長い戦いはできない。(笑)
酒見 その辺で、前田日明がいた頃のUWFなんかは悩むわけですね。弱いやっだったら一分で倒せるんですよ、本当はね。でも、相手のすごい技を見せた後で、さらに倒さなければいけない。それが八百長だと言われている現状があるから悩むわけです。
荒木 それで分裂したりするんですね。
酒見 そういうことですよ。この前でも、ボクシンクのトーレバー・バービツクとUWFインターの高田延彦がやったとき、本当はバービックのパンチの凄さを存分に見せつけた上で倒すべきだったのに、高田はいきなりやっちゃったものだから、バービックは逃げちゃった。
荒木 それも戦いの方法だと。
酒見 バービックのパンチは三〇〇キロ以上のパンチというんだから、そんなもの受けたら終わりですから。その前にガンガンに蹴りまくった。格闘者としては正しいんですね。でも、プロレスでは間違いなんです。バービックの脅威を存分に見せつけてフラフラになってから逆転しなきゃいけないんです。だから、セメントはつまらない場合が多い。
荒木 セメントというと?
酒見 ガチンコとか言いますけど、真剣勝負のことです。プロレスとしてはちよっとまずいと思う。その意味では、漫画もそうだと思うんですよ。『ジョジョの奇妙な冒険』でも、肉を切らせて骨を断つという勝ち方が多いですよね。鏡の中でしか動けないやつとか、夢の中で襲ってくるスタンドとか、いろいろな相手が出てくるわけですけど、どうやって倒すのかと毎週楽しみです。
荒木 書く前に、一応、こんな感じかなというのはあるんですけど、書いていて、こうやって倒したらだめなんじゃないかとか思うんですね。
酒見 ふつう、漫画だとだいたい先が見えるんですけど、荒木さんのは先が見えない。どうやって倒すんだろうと。
荒木 そこが嫌いな人もいるんですけどね。
酒見 いや、これはすごいことですよ。読者の想像とか期待を裏切りつづけて、なおかつおもしろく裏切るというのが正しい姿と思いますね。
荒木 その意味で『墨攻』は感心しました。
酒見 僕も、そいつが凄いやつだというのを見せてから倒さなきゃいけないですから。