「医は仁術なり」と、江戸中期に貝原益軒(えきけん)が『養生訓』に書いた。医者は「仁愛の心を本とし、人を救うのを志とすべきである。自分の利益ばかり考えてはいけない」(松田道雄現代語訳)。医学も学んだ儒者が説いた心構えだ▼益軒は利益を追い求めるなと諭したが、得るなとは言っていない。「よく病気をなおし人を救ったら、利益を得ることは、こちらからは求めないでも、むこうでしてくれるだろう」。そんな世であってほしいとの願いも込めたか▼コロナ危機のなか、まさに仁術を実践する人たちの姿を報道で目にしてきた。現場の力になりたいと復帰した看護師。自分も感染し、万が一のときは子どもたちを頼むと妻に伝えた医師▼だからこそ、やるせない事態である。コロナ患者の受け入れと一般患者の減少で、多くの病院の経営が苦しくなっている。全国133の大学病院の赤字額は、4、5月だけで計313億円に達した。職員の待遇も悪化しており、一部では看護師らへのボーナスを取りやめる動きまで出た▼「医は算術」は儲(もう)け主義の医者をからかう言葉だ。しかし算術を無視しては、医療に従事する人の生活は成り立たない。国から慰労金も出るというが果たして十分だろうか。恩を仇(あだ)で返すような社会であってはならない▼きょうから観光支援策「Go To」事業が始まる。1兆3500億円の税金が使われ、経済波及効果の乏しいキャンセル料にも消える。この国の算術計算はバランスを欠いていないか。