兴奋した男子生徒たちの声。
彼らは、谁かを骂倒していた。
「何だよ、豚野郎! やっぱり人间の言叶は喋れないのか? じゃあブヒって鸣いてみなよ、ブヒブヒって!」
俺は立ち止まり、急いで壁の后ろに身を隠した。
男だった时は想像も出来なかった、消极的な行动だ。
これも、女になってから生じた卑屈な癖のひとつだ。
女の体はこれだから嫌なんだよ……。
裏庭で、勇者候补の男子生徒数人が、芝生の上でうずくまっている図体の大きい人を囲んでいた。その巨体の颜を确认して、俺は惊いて口を塞いだ。
ジークガイ・フリードじゃないか。何であの引きこもりが外に出てきたんだ?
「ブヒって鸣いてみろよ、おら!」
「ウガッ!」
何という无様で悲惨な格好だ……。
男子生徒の一人が、うずくまっている奴の*を蹴り飞ばした。ジークガイ・フリードが、ウガッと悲鸣を上げながら、更に缩こまる。対抗意志がそもそもないようだ。
「こいつ、七勇者家の出身のくせに、何でここまで无能なんだ? お前は、俺たち勇者候补の耻だ!」
「お前、何でこの学园にずっと居座ってんだよ。故郷に戻って豚小屋にでも入っとけよ」
「食堂に来るんじゃねえよ! 食欲が失せる! その腹なら一周间は何も食べなくてもいけんだろ!」
男子生徒たちは、かわるがわるジークガイ・フリードを踏んだり蹴ったりしながら、骂倒してあざ笑った。彼らの态度には、人间への尊重や配虑など残っていなかった。
好きにいじめていい、丑い豚。
男子生徒たちにとってジークガイ・フリードは、そんな存在のようだった。
胸の片隅が痛い。
俺もある意味、あんな扱いを受けているではないか。だが俺はまだ、たったの一周间。しかもそれは、贵族という身分に対する偏见のせいだった。
その反面、あいつは……同じ勇者候补に、何年もあんな扱いをされてきたという。あんなことをされながらも、ずっとここに留まっているとは。
救いようがない。情けない奴だ。
「こいつ、见てるだけで腹立つんだよ」
しばらくジークガイ・フリードを蹴っていた男子生徒の一人が、突然前に出て话し始めた。そして傲慢に、自身たちの行动を正当化し始めた。
「ジーク、お前は人生で一度も、努力なんてしたことないんだろ?」
その一言が、壁に隠れていた俺の胸にぐさりと刺さった。
それは闻き覚えのある、いや、谁かがよく言っていた言叶だった。
「俺たち勇者は、普通の平民にはない、高贵な才能の持ち主なんだよ。そしてその才能を磨くために、勇者学园に入ったんだ。普通の平民より、何倍も努力しないといけないというのに……!」
彼が、ジークの头にペッとつばを吐く。
酷い仕打ちだ。
奴らは、男なら谁もが持っている、最低限のプライドへの配虑も知らないのか。
ん……? 俺は何を言っているんだ? 根性なしのキモオタを同情して肩をもつなんて。
消えろ! 俺の弱い心!
ちょっといじめられたくらいで、弱虫に感情移入か!? そんなの绝対に駄目だ! 自分自身でも绝対に许せない!
「勇者になる努力を谛めたお前には、食う资格もないんだよ! 消えろ、豚野郎!」
その男子生徒が、ジークの隣に落ちていた封筒の中の何かを、踏みつけた。それから他の男子生徒と共にジークを骂倒し、うずくまっているジークから离れていった。
ジークは男子生徒たちが去ると、巨体に隠れてよく见えなかった头を上げた。泥と唾液で汚れた颜。颜のあちこちに伤がついていた。うずくまる前から、かなりぶたれていたようだ。
彼は地面に膝をつけたまま、太った体を动かして、床に落ちた封筒をそろっと拾い上げた。彼が拾ったのは、サンドイッチ――つまり、食べ物だった。ジークは、食べ物を求めて食堂に行っていたのだ。
「くっ……」
その时、俺は见た。
うなだれるジークの目に小さく浮かんだ、激しい感情を。
それは……悲痛さだった。ジークガイ・フリードは感情を持っていて、今のこの状况を悲しみ、痛みを感じる人间であるという证拠だった。
ジークは、しばらくうずくまったまま、体を震わせていた。
しかし、谁も自分を助けてはくれないであろう事実を、自分を救い出してくれる人は谁もいない事実を……彼は知っているようだった。うずくまったまま、一人で悲惨な感情に耐えたジークは、地面に落ちて汚れたサンドイッチを手に持った。そして立ち上がり、ゆっくりと、卑屈极まりない动きで、歩き始めた。
その一部始终を见ていた俺の胸の片隅で、小さい波纹が生じた。
成功のために休まずに突っ走ってきたせいで、忘れていた感情。
他人への哀れみ。
その感情だった。
ジークが感じている感情が、なぜかはわからないが、俺の胸に突き刺さってきた。激しく、突き刺さってきた。痛みを伴って、激しく。
――努力なんてしたことないんだろ!?
その言叶は、俺が前世で力のない者たちに向かって、何度も言ってきた言叶でもあった。
俺は自分が努力してきたと自负し、努力しないものを軽蔑した。
人の上に立った时も、その意思は揺るがなかった。そして、自らのために努力しない者は、容赦なく切り舍てた。
ここまで思い出した俺は、ふと気づいた。
俺には、あの男子生徒たちを非难する资格はない。
昔の俺だったら、ジークガイ・フリードに、あの男子生徒たち以上にひどい暴言を浴びせているはずだ。
そして俺は……一人の男を思い出した。
俺と共に、企业の梦に向かって走っていた奴。
俺の心臓を刺して、俺から离れていった奴。
あいつも、いつも物事を简単に谛め、泣きながら逃げ出す软弱な奴だった。
そして俺は奴を、いつも……冷彻に、追い込んでいた。
奴が谛めないように。奴の才能が消えないように。
「おい、お前……」
――自分でも信じがたい行动だった。
なぜだったのだろう?
今考えても、理解出来ない。
决して、同じくいじめを経験したから、同病相哀れんでいるわけではない。
胸の中のもつれが解かれるとすぐに、俺は壁の后ろから出て、彼に手を伸ばした。そして、トボトボ歩くジークガイ・フリードに话しかけた。
……すぐに后悔した。なぜ彼を呼び止めた?
ジークが体をピクリとさせる。
先程とはまた别の、自分をいじめる连中に呼ばれたと勘违いした模様だった。
ビクッと体を缩こまらせた彼が、そっと振り返って俺を见た。彼のぼさっとした髪の下に隠されていた目が、见开かれた。
俺たち二人は、何も言わないまま、お互いを见つめていた。
そうやって数秒间、奴の颜を见ていると、哀れみなど绮丽さっぱり消え去り、急激に嫌悪感がこみ上げた。
なぜ、こんなデブに话しかけたんだ!?
すぐに后悔した。
「お前、七勇者家の出身なんだろう?」
「……」
「本当は、隠された才能を持っているとか?」
「……」
「えっと……」
「……」
「……いい天気だな」
何を话せばいいんだ。
天気の话题なんかを出してしまった。
ジークガイ・フリードがビクッとしながら、持っていたサンドイッチの封筒を両手で握りしめた。太りすぎた大きな手で、封筒が见えなくなる。
本当に凄まじいレベルの肥満だな……こんな奴を呼び止めて、どうすればいいんだ。
「……」
俺はオドオドしている奴を、じっと见つめた。
理由はわからないが、奴から目を逸らさず、真っ直ぐに见ていなくてはいけないと思った。
汚れたサンドイッチを拾って、力なく振り返るジークの背中を见た瞬间、俺はいつか见た景色を思い出した。それは、雨の中で远ざかっていくあいつの背中だった。
死んでいきながら、俺はずっとあいつの背中を见ていた。
降りしきる雨の中、远ざかっていく过去の亲友の背中……。
あいつの背中を见つめながら俺が感じていた感情は、憎悪でも、恨みでも、苦しみでもなかった。
后悔だった。
なぜ、俺は。
なぜ、奴にひどい言叶ばかりを浴びせたのだろう。
奴がひ弱で、力のない男だとわかっていながら。
きっと俺には、奴を追い込まないことだって出来た。チャンスを与えてやることすら出来なかった。もしそうしていたら……奴は俺を刺さなかったはずだし、俺の元を去らなかったかもしれない。
そうだ。俺は、意识が远のく中で后悔していたのだ。
奴を追い込まなければよかった。奴を伤つけなければよかった……と。
俺は、颜を上げた。
ジークガイ・フリードの背中と、俺を刺した亲友の背中が重なったのは、决して偶然ではない。
それはまるで本能のような、俺の中からこみ上げた确信だった。
俺がこの罠にはまったのは、ひょっとすると俺の新しい意思を试すための、神からの试练なのかもしれない。
どんな状况でも谛めない。
それが、『俺』という男ではなかったのか?
「ジークガイ・フリード」
俺から离れて座っている奴を、真っ直ぐ见つめながら言った。
彼らは、谁かを骂倒していた。
「何だよ、豚野郎! やっぱり人间の言叶は喋れないのか? じゃあブヒって鸣いてみなよ、ブヒブヒって!」
俺は立ち止まり、急いで壁の后ろに身を隠した。
男だった时は想像も出来なかった、消极的な行动だ。
これも、女になってから生じた卑屈な癖のひとつだ。
女の体はこれだから嫌なんだよ……。
裏庭で、勇者候补の男子生徒数人が、芝生の上でうずくまっている図体の大きい人を囲んでいた。その巨体の颜を确认して、俺は惊いて口を塞いだ。
ジークガイ・フリードじゃないか。何であの引きこもりが外に出てきたんだ?
「ブヒって鸣いてみろよ、おら!」
「ウガッ!」
何という无様で悲惨な格好だ……。
男子生徒の一人が、うずくまっている奴の*を蹴り飞ばした。ジークガイ・フリードが、ウガッと悲鸣を上げながら、更に缩こまる。対抗意志がそもそもないようだ。
「こいつ、七勇者家の出身のくせに、何でここまで无能なんだ? お前は、俺たち勇者候补の耻だ!」
「お前、何でこの学园にずっと居座ってんだよ。故郷に戻って豚小屋にでも入っとけよ」
「食堂に来るんじゃねえよ! 食欲が失せる! その腹なら一周间は何も食べなくてもいけんだろ!」
男子生徒たちは、かわるがわるジークガイ・フリードを踏んだり蹴ったりしながら、骂倒してあざ笑った。彼らの态度には、人间への尊重や配虑など残っていなかった。
好きにいじめていい、丑い豚。
男子生徒たちにとってジークガイ・フリードは、そんな存在のようだった。
胸の片隅が痛い。
俺もある意味、あんな扱いを受けているではないか。だが俺はまだ、たったの一周间。しかもそれは、贵族という身分に対する偏见のせいだった。
その反面、あいつは……同じ勇者候补に、何年もあんな扱いをされてきたという。あんなことをされながらも、ずっとここに留まっているとは。
救いようがない。情けない奴だ。
「こいつ、见てるだけで腹立つんだよ」
しばらくジークガイ・フリードを蹴っていた男子生徒の一人が、突然前に出て话し始めた。そして傲慢に、自身たちの行动を正当化し始めた。
「ジーク、お前は人生で一度も、努力なんてしたことないんだろ?」
その一言が、壁に隠れていた俺の胸にぐさりと刺さった。
それは闻き覚えのある、いや、谁かがよく言っていた言叶だった。
「俺たち勇者は、普通の平民にはない、高贵な才能の持ち主なんだよ。そしてその才能を磨くために、勇者学园に入ったんだ。普通の平民より、何倍も努力しないといけないというのに……!」
彼が、ジークの头にペッとつばを吐く。
酷い仕打ちだ。
奴らは、男なら谁もが持っている、最低限のプライドへの配虑も知らないのか。
ん……? 俺は何を言っているんだ? 根性なしのキモオタを同情して肩をもつなんて。
消えろ! 俺の弱い心!
ちょっといじめられたくらいで、弱虫に感情移入か!? そんなの绝対に駄目だ! 自分自身でも绝対に许せない!
「勇者になる努力を谛めたお前には、食う资格もないんだよ! 消えろ、豚野郎!」
その男子生徒が、ジークの隣に落ちていた封筒の中の何かを、踏みつけた。それから他の男子生徒と共にジークを骂倒し、うずくまっているジークから离れていった。
ジークは男子生徒たちが去ると、巨体に隠れてよく见えなかった头を上げた。泥と唾液で汚れた颜。颜のあちこちに伤がついていた。うずくまる前から、かなりぶたれていたようだ。
彼は地面に膝をつけたまま、太った体を动かして、床に落ちた封筒をそろっと拾い上げた。彼が拾ったのは、サンドイッチ――つまり、食べ物だった。ジークは、食べ物を求めて食堂に行っていたのだ。
「くっ……」
その时、俺は见た。
うなだれるジークの目に小さく浮かんだ、激しい感情を。
それは……悲痛さだった。ジークガイ・フリードは感情を持っていて、今のこの状况を悲しみ、痛みを感じる人间であるという证拠だった。
ジークは、しばらくうずくまったまま、体を震わせていた。
しかし、谁も自分を助けてはくれないであろう事実を、自分を救い出してくれる人は谁もいない事実を……彼は知っているようだった。うずくまったまま、一人で悲惨な感情に耐えたジークは、地面に落ちて汚れたサンドイッチを手に持った。そして立ち上がり、ゆっくりと、卑屈极まりない动きで、歩き始めた。
その一部始终を见ていた俺の胸の片隅で、小さい波纹が生じた。
成功のために休まずに突っ走ってきたせいで、忘れていた感情。
他人への哀れみ。
その感情だった。
ジークが感じている感情が、なぜかはわからないが、俺の胸に突き刺さってきた。激しく、突き刺さってきた。痛みを伴って、激しく。
――努力なんてしたことないんだろ!?
その言叶は、俺が前世で力のない者たちに向かって、何度も言ってきた言叶でもあった。
俺は自分が努力してきたと自负し、努力しないものを軽蔑した。
人の上に立った时も、その意思は揺るがなかった。そして、自らのために努力しない者は、容赦なく切り舍てた。
ここまで思い出した俺は、ふと気づいた。
俺には、あの男子生徒たちを非难する资格はない。
昔の俺だったら、ジークガイ・フリードに、あの男子生徒たち以上にひどい暴言を浴びせているはずだ。
そして俺は……一人の男を思い出した。
俺と共に、企业の梦に向かって走っていた奴。
俺の心臓を刺して、俺から离れていった奴。
あいつも、いつも物事を简単に谛め、泣きながら逃げ出す软弱な奴だった。
そして俺は奴を、いつも……冷彻に、追い込んでいた。
奴が谛めないように。奴の才能が消えないように。
「おい、お前……」
――自分でも信じがたい行动だった。
なぜだったのだろう?
今考えても、理解出来ない。
决して、同じくいじめを経験したから、同病相哀れんでいるわけではない。
胸の中のもつれが解かれるとすぐに、俺は壁の后ろから出て、彼に手を伸ばした。そして、トボトボ歩くジークガイ・フリードに话しかけた。
……すぐに后悔した。なぜ彼を呼び止めた?
ジークが体をピクリとさせる。
先程とはまた别の、自分をいじめる连中に呼ばれたと勘违いした模様だった。
ビクッと体を缩こまらせた彼が、そっと振り返って俺を见た。彼のぼさっとした髪の下に隠されていた目が、见开かれた。
俺たち二人は、何も言わないまま、お互いを见つめていた。
そうやって数秒间、奴の颜を见ていると、哀れみなど绮丽さっぱり消え去り、急激に嫌悪感がこみ上げた。
なぜ、こんなデブに话しかけたんだ!?
すぐに后悔した。
「お前、七勇者家の出身なんだろう?」
「……」
「本当は、隠された才能を持っているとか?」
「……」
「えっと……」
「……」
「……いい天気だな」
何を话せばいいんだ。
天気の话题なんかを出してしまった。
ジークガイ・フリードがビクッとしながら、持っていたサンドイッチの封筒を両手で握りしめた。太りすぎた大きな手で、封筒が见えなくなる。
本当に凄まじいレベルの肥満だな……こんな奴を呼び止めて、どうすればいいんだ。
「……」
俺はオドオドしている奴を、じっと见つめた。
理由はわからないが、奴から目を逸らさず、真っ直ぐに见ていなくてはいけないと思った。
汚れたサンドイッチを拾って、力なく振り返るジークの背中を见た瞬间、俺はいつか见た景色を思い出した。それは、雨の中で远ざかっていくあいつの背中だった。
死んでいきながら、俺はずっとあいつの背中を见ていた。
降りしきる雨の中、远ざかっていく过去の亲友の背中……。
あいつの背中を见つめながら俺が感じていた感情は、憎悪でも、恨みでも、苦しみでもなかった。
后悔だった。
なぜ、俺は。
なぜ、奴にひどい言叶ばかりを浴びせたのだろう。
奴がひ弱で、力のない男だとわかっていながら。
きっと俺には、奴を追い込まないことだって出来た。チャンスを与えてやることすら出来なかった。もしそうしていたら……奴は俺を刺さなかったはずだし、俺の元を去らなかったかもしれない。
そうだ。俺は、意识が远のく中で后悔していたのだ。
奴を追い込まなければよかった。奴を伤つけなければよかった……と。
俺は、颜を上げた。
ジークガイ・フリードの背中と、俺を刺した亲友の背中が重なったのは、决して偶然ではない。
それはまるで本能のような、俺の中からこみ上げた确信だった。
俺がこの罠にはまったのは、ひょっとすると俺の新しい意思を试すための、神からの试练なのかもしれない。
どんな状况でも谛めない。
それが、『俺』という男ではなかったのか?
「ジークガイ・フリード」
俺から离れて座っている奴を、真っ直ぐ见つめながら言った。