山を愛した随筆家、串田孫一に、ひとりで谷を登ったときのことを綴(つづ)った文がある。谷川の上流に行くにつれ、下流では気づかなかった水の音が聞こえてきた。小さな滝になっている場所があり、岩にぶつかって水しぶきがあがる所がある▼
耳をすますと「それは小人数の室内楽のようにも思われた」という(『山のパンセ』)。緑の傾斜のなかに水の通り道を形づくる谷。流れをせき止める土の塊など、あってはならなかったはずだ▼
静岡県熱海市の土石流災害で谷の最上部にあった盛り土が注目されている。200メートルにわたって盛られた土が崩壊したため、流れる土砂の量が増えて被害を大きくしたのではないか。そんな人災の可能性について静岡県などが調査を進める▼
盛り土が雨水を吸収し、一時的にダムのようになったという指摘もある。コンクリートダムの強さもなければ「緑のダム」たる森林の保水力もない。「脆弱(ぜいじゃく)なダム」はなぜそこに築かれたのか。宅地造成か、残土の捨て場か。行政の監視は届いていなかったのか▼
土石流には「山津波」さらに「泥流」の呼び名もある。「津波のような泥水が家を軽く持ち上げていった」。紙面にあった地元の人の言葉に水と泥の恐ろしさを思う。一刻を争う捜索が大量の泥に阻まれている▼
谷村や谷田、谷川など谷の字が入った姓の多さは、そこがだいじな暮らしの場だったことを示している。美しい水をたたえ、ときに増水する姿には畏敬(いけい)と畏怖(いふ)の念が向けられていたはずだ。
耳をすますと「それは小人数の室内楽のようにも思われた」という(『山のパンセ』)。緑の傾斜のなかに水の通り道を形づくる谷。流れをせき止める土の塊など、あってはならなかったはずだ▼
静岡県熱海市の土石流災害で谷の最上部にあった盛り土が注目されている。200メートルにわたって盛られた土が崩壊したため、流れる土砂の量が増えて被害を大きくしたのではないか。そんな人災の可能性について静岡県などが調査を進める▼
盛り土が雨水を吸収し、一時的にダムのようになったという指摘もある。コンクリートダムの強さもなければ「緑のダム」たる森林の保水力もない。「脆弱(ぜいじゃく)なダム」はなぜそこに築かれたのか。宅地造成か、残土の捨て場か。行政の監視は届いていなかったのか▼
土石流には「山津波」さらに「泥流」の呼び名もある。「津波のような泥水が家を軽く持ち上げていった」。紙面にあった地元の人の言葉に水と泥の恐ろしさを思う。一刻を争う捜索が大量の泥に阻まれている▼
谷村や谷田、谷川など谷の字が入った姓の多さは、そこがだいじな暮らしの場だったことを示している。美しい水をたたえ、ときに増水する姿には畏敬(いけい)と畏怖(いふ)の念が向けられていたはずだ。