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【搬运】スーパーカブ8

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IP属地:安徽来自Android客户端1楼2021-11-24 12:13回复
    第1話 お金
     小熊はガレージに居た。
     大学生活を始めるに当たって賃借した町田市北部の木造平屋、その敷地内にあるカエル色のコンテナ。
     小熊が知人の仲介でこの家を借りる理由となった、盗難リスクの高いスーパーカブを安全に保管できるコンテナガレージの中は、少し広くなった。
     コンテナの区分では20フィート、なんでも㎜で表記する癖のある工学専攻の知人に言わせれば幅2300mm、奥行き6000mmの内部スペースは元々広大で、カブに加え整備工具や各種部品に作業机。それとは別にカブを眺めながらお茶など飲めるテーブルとチェアを置いても充分な余地があったが、自分の乗っているカブ90とは別に持っていた、高校時代に乗っていて事故で全損させたカブ50の部品取り車を最近手放したことで、コンテナの中は軽自動車が一台置けるくらいの余剰スペースがある。
     コンテナという構造上、夏や真冬には中での作業は困難だということは予想していたが、暦はまだ四月の半ば、曇り気味の天気もあってコンテナ内部は快適な温度だった。
     作業灯で照らされたコンテナ内で、ちょっとしたカフェのようなテーブルでコーヒ―を飲みながら、自ら稼ぎで揃えたバイク趣味のツール類を眺めていた小熊の気持ちは、今日の天気同様に燦燦とした陽光とはやや縁遠いものだった。
     それは空からミサイルが飛んでくるようなわかりやすい危機ではなく、雲のように曖昧、漠然としている。自分をうっすらと覆い、行動に目に見えない制約を与えるような存在。
     お金が無い。
     元々小熊はここに居を定めるにあたって、充分な資金を用意していた。
     バイク便で稼いだ高給を散財することなく蓄え、二月に事故を起こした時も加害者のタクシー会社と独力で交渉し、充分な補償を約束させた。
     自らの身元を保証してくれる者の居ない天涯孤独の身、頼れる物は金しか無い。
     その後、大学の女子寮入居の話をバイク禁止という理由で蹴ってまで理想的な住処を探した小熊は、あまり交流を深めたくない高慢で独善的な人間、名前を覚えたくも無いので乗っているレクサスSUVの色からマルーンの女と呼んでいる大学准教授の差配で、このコンテナ付き木造平屋に入居することになった。
     駅から適度に離れ、斎場と霊園に囲まれているという環境のためもあるのか家賃は廉価、支払いもクレジットカード決済の物件だったおかげで、転居費用は予想より安価に押さえられた。
     世話になっていたバイク屋のトラックを借りて自力で引っ越しをして以来、さほど贅沢はしていなかった気がする。
     出費といえば築五十年を超える木造平屋を人間の住める環境にするためのリノベーション費用くらいで、それは将来に繋がる必要経費。
     大学の授業が始まってからも、光熱費や基本的に自炊と安価な学食で済ませている食費は、給付を受けている奨学金で充分に間に合っている。
     高校時代の学費を貸し付けていた育英団体への返済については、長期的な返済計画になっていて、月々の支払いは苦になるものではない。
     なんで今の自分には金が無いのか、小熊には全くわからない。コーヒーカップを手に立ちあがった小熊は、最近買ったボール盤とエアコンプレッサーに寄りかかりながら思った。
     いつのまにか金が無くなった。
     小熊に限らず、進学や就職で一人暮らしを始めた人間はみんなそう言う。 


    IP属地:安徽来自Android客户端2楼2021-11-24 12:19
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      第2話 モーニングルーティーン
       些細な悩みを引きずらない性格に生まれついたのか、目覚めは快適だった。
       和風の寝室で目覚めた小熊は、障子を開けて朝日を浴びながら布団を畳んだ。
       きっと快眠が得られた理由の半分くらいは、引っ越しを機に新調した寝具と、緑茶由来の着色料で青い畳の風合いを復活させるスプレーで蘇らせた畳のおかげかもしれないと思いながら、布団を押し入れに仕舞う。
       万年床で暮らすほど怠惰な生活をする気は無い。そう思いながら小熊は高校時代から着ているベトナム雑貨の黒いパジャマを摘まんだ。
       このくたびれた寝間着も東京の大学生っぽい物に買い替えたほうがいいのかもしれないと考えた小熊は、昨日自分を悩ませた金欠という現象を思い出し、とりあえず自制することにした。
       屋外での農作業のため大型スピーカーのついた豊作ラジオのスイッチを入れ、NHKーFMをかけた小熊は、バイエルの練習曲を聞きながらユニットバスで朝のシャワーを浴び、下着とカーキ色のデニムパンツ、ボタンダウンシャツを身に着けた。
       帆布を自分で縫って作った巾着袋にiPadとワイヤレスキーボード、マーブルチョコの紙筒のような形のアルミ製ペンケースとノートを入れる。
       最初はルーズリーフファイルを持って行っていたが、高校ほど板書の多くない大学ではノートのほうが軽量で便利だった。大学ノートとはよくいったもの。
       最初は鍵盤を押す練習の短音から始まったバイエルが中級の両手弾き練習曲になるのを聞きながら、陽当たりのいいキッチンで朝食を作る。
       檜のバーカウンターテーブルに並べたのは、ベーコンエッグと四枚切りのトースト、バターとジャム、リンゴとトマト、ラージグラス一杯のスキムミルク。
       バーのキッチン側からリビング側に回り、スツールに腰かけた小熊は、簡単に作った朝食をあっさり済ませる。食べさせる相手も居ない気楽な一人暮らし、凝った物を作るのは休日だけでいい。
       たまに衝動的に朝からメキシカンピラフと牛肉の唐辛子煮とか作ってしまうこともあるが。
       朝食の洗い物を済ませた頃にはバイエルは中級編を終えつつあった、平板で簡易な曲が流れている。普段は嫌いじゃないピアノ曲が少々耳に障る。
       自分がピアノを習ったり教えたりしているんじゃなく、近所で子供がピアノを習い始めた家から、昼下がりに毎日聞こえてくるようなバイエル。
       目覚めてシャワーを浴びて朝食を済ませ、今流れている楽曲のように代り映えしない朝を迎えたが、自分はまだ目覚めていない。
       別にこれからスポーツの試合に行くわけでも、敵機を迎え討つべく出撃するわけではない、これから始まる一般教養の講義など、目が覚めていような寝ていようが関係ないと思った小熊は、赤いスイングトップスタイルのライディングジャケットに袖を通し、巾着袋を持って玄関前に立つ。
       バーカウンターを自作した時の端材で作ったシューズボックスからプロケッズの布製バスケットボールシューズを取り出した小熊は靴紐を結び、シューズボックスの上に置いてあったヘルメットを被った。
       革グローブとキーを手に玄関を出た小熊は、築五十年過ぎの木造平屋には不似合いな分厚い樫のドアを閉め、ディンプル型の鍵で施錠する。
       隣接するコンテナの扉を開け、中から自分のスーパーカブを押し出す頃には、家から聞こえるバイエルは上級課程の曲を流し始めていた。
       コンテナを閉じて外に出したカブをキック始動させた瞬間、いままで止まっていたかのような胸の鼓動が復活し、自分の体に血が通った気がした。
       エンジンを暖機させながら各部の簡単な点検をする。安定したアイドリング音にバイエルの上級者向け楽曲が混ざる。
       多くは親に習わされたピアノを途中で泣いて行くのをいやがることなく、研鑽を積み上位の技術を身に着けた人間だけが奏でる音。
       このエンジン音も同じだ、と思った。日々のメンテナンスと、異常が発生したらすぐに察知することが可能な耳によって産み出された音。
       とりあえず眠っていた体は今日の義務をこなす程度に目覚めてくれた。それに満足した小熊はヘルメットのストラップを締め、革グローブを付けてカブで走り出した。
       非のうちどころのない完全な朝から、小熊の一日が始まる。
       数分後、ラジオをつけっぱなしにしたまま家を出たことに気づいた小熊は、慌てて家まで戻って来た。 


      IP属地:安徽来自Android客户端3楼2021-11-24 12:20
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        第3話 キャンパスライフ
         山梨で高校生をしたいた頃に比べ半分ほどの距離で勾配も緩い、カブのエンジンが暖まりきる前に到着してしまう通学路を走り、南大沢駅前の大学に到着した。
         駐輪場にカブを駐め、ワイヤーロックをかけた小熊は、自分のカブを眺めた。
         通学は自転車にしたほうが健康にいいのかもしれない。環境とやらにも良いに違いない。
         スーパーカブがモデルチェンジのたびに環境対策でパワーを落とし、燃費や車体寿命を悪化させた経緯を知る身としては、自然環境への配慮などバイクの敵だと思っていたが、大学生になると意識も変わる。
         あまり世の中から後ろ指差されるようなことをしてはいけない。特に生活基盤が脆弱な現在の暮らしでは、何かあった時にざまあみろとかそら見たことかと言われないほうがいい。
         なんだか今朝は愉快でない考え事が多いなと思いながら、講義が行われる教室へと向かった。
         朝のルーティンと通学以上に創意に乏しい数時間の講義を受けた後、小熊は大学構内の食堂へと向かった。
         退屈な一般教養の講義を受けている間、つまらない考え事の正体が少し見えてきた気がする。
         東京での大学生活が始まった少し後、とりあえず不自由の無い暮らしの中で、孤独を感じたこともあった。
         あれは生活が落ち着き、退屈になってきた頃だった。今日は暇といった退屈ではなく、これからも同じような時間が繰り返されるという未来が見えてきたと同時に、副作用のように沸いてきた感情。
         今の自分には何らかの変化が必要だ。そうでないと孤独などという暇人のくだらない悩みに押しつぶされる。
         何もかも捨てて旅にでも出るというのは、今の自分には敷居が高いと思った小熊は、とりあえず出来ることから、と思い、普段よく昼食の時間を過ごす共済食堂とは反対の方向に歩き出した。
         昼休みの店内はやや混雑していた。
         市の幹線道路となっている大学前の道路より落ち着いた雰囲気の裏通りに面した学食。
         大学の人間からはカフェとかバーガー屋と呼ばれるカフェテリア学食は、壁と床にホワイトパインの無垢材が貼られた暖かみのある店内だった。
         セルフではなく店員が注文を取りに来るスタイルなので、小熊は店内を見回して空席を探した。
         カウンターも四人掛けのテーブルも満席。仕方ないのでテイクアウトで何か買い、駐輪場で食べようかと思った。高校の時と同じように、何の代り映えも無く。
         あるいは、小熊は一つだけあった空席を見ないふりしていたのかもしれない。
        「やあ」
         店の奥に並ぶ二人掛けのテーブル。通称カップル席と呼ばれる卓の一つに、法学部の竹千代が座っていた。
         大学入学以来、小熊の主観では悪い意味での変化、危険な変容をもたらす、この大学で唯一係わりたくないと思った女。
         踵を返して店を出ようかと思った小熊は、結局店の最奥で壁を背にして座る竹千代のテーブルに向かった。
         今はさしあたって変化の無い日々という危険から逃げなくてはならない。
         あのイヤな女と一緒に居る限り、退屈とは無縁だろう。


        IP属地:安徽来自Android客户端4楼2021-11-24 12:21
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          第4話 豆腐ハンバーガー
           小熊が竹千代の許可を得ることもなく、黙って向かいの席に腰かけたタイミングに合わせるように。竹千代は視線だけでウェイトレスを呼んだ。
          「同じものを」
           竹千代の瞳に魅了されたのか堕落させられたのか、プリントドレスに落ち着いたデザインのエプロン姿のウェイトレスは息を弾ませながら頷く。
          「クォーターパウンダーを二つでいいかな? パンは全粒粉で、サイドメニューと飲み物は」
           小熊が頷いて了承を伝えると、ウェイトレスのほうに向きなおった竹千代は、彼女の眼球を通して脳の中身を見るような目で言った。
          「君に任せるよ」
           頬を上気させたウェイトレスは竹千代の向かいに座ることを許されたらしき、小汚いライディングウェアの女をうさんくさげに見てから立ち去った。
           とりあえず一言も発しないのは礼節に欠けると思った小熊は、竹千代の前に置かれているバーガーの皿を指差して言った。
          「それは?」
           竹千代は白無地で肉厚の陶器で作られた皿を一回しする。店内を一瞥した時も、このバーガーが自慢の学食に、紙や発泡スチロールの皿に盛られた食べ物は出てこない。
          「豆腐バーガーさ」
           竹千代は初対面の時も豆腐だけを主菜に麦飯を食べてきた気がする。そんなに毎日豆腐ばかり食べる日々の繰り返しに嫌気が差さないのかと思った。
           竹千代は小熊の気持ちを見透かしたように言う。
          「豆腐は嫌いかい?」
           小熊は少し考えてから答えた。
          「豆腐は、嫌いじゃない」
           豆腐バーガーと竹千代を交互に見ながら発した言葉の本意に、この女は気づいているんだろうかと小熊は思ったが、気づかない、あるいは気づかないふりをするような女なら最初からここには座っていない。
           間もなく豆腐バーガーが届いた。ドリンクは他に誰も頼む人間が居ないらしき健康茶と、アルファルファという主に馬のエサとして栽培されている植物のスプラウトサラダ。
           ウェイトレスは伝票を小熊の目の前、竹千代からはグラスで死角となる位置に置いて立ち去る。どうやらこのバーガー学食ではではスマイルが無料ではないらしい。
           バーガーを作ったのはウェイトレスとは別のキッチン担当者らしく、想像よりも美味で殺鼠剤も入っていない様子。
           小熊が今まで食べた豆腐ハンバーグはどんなに肉っぽくしようとしても、味付けだけ違うガンモドキにしか思えなかったが、これは下味もテリヤキ味っぽいソースの味も、食感も良好だった。
           肉や豆腐の出来損ないでもなく、豆腐ハンバーグという一つの独立した食材の味を追求したような食べ物で、次に来た時も頼もうかと思わせるものだった。
           日本やアメリカで過去に健康食として流行し、今はあまり食べている様を見かけないアルファルファも、カイワレやモヤシ等のスプラウト全般が好きな小熊にとっては悪くない味で、不意にこぼしても服が汚れないのもいい。
           健康茶は、まぁ健康になる代償だと思えば普通に飲めるものだった。
           小熊は自分のかぶりついているハンバーガー越しに、同じ物を手でちぎりながら楚々と口に運んでいる竹千代を眺めた。官能的な口元に一瞬視線を奪われそうになるが、彼女の素性や人格を思い出し自重した。
           小熊がこの大学に入学して間もなく係わることになった節約研究会、通称セッケンと呼ばれる謎のサークルと、その部長である竹千代。大学内外の不用品を拾い集めては売り飛ばすという活動を行っている彼女は、小熊にとって一人暮らしに必要な物が必要になった時のみ接触を試みるといった関係だが、得られた物が他にあるとすれば、人を見る目という奴だろう。
           不快な人間は早々に切り離さないといけないし、危険な人間とは近づくことすら避けなくてはならない。その二つの特性を併せもった好例が竹千代という女。
           さして会話が弾むことなく互いに食事を行う。小熊にしてみれば飯を食う時間というものはそのほうがいい。
           小熊は自分がこの女に何の価値を見いだしているのかを考えた。恐ろしく知恵が回り実行力に富み、小熊が思いつくようなことをいつも先に考えて、行っている女性。それゆえ、人間という互いの優越と劣等によってバランスを取っている不完全な集団の中では危うい。
           二個のクォーターパウンダーとアルファルファのサラダを食べきった小熊は、考えれば考えるほどどういう人間なのかわからなくなった竹千代に、自分が求めていることを素直に伝えた。
          「金が欲しい」
           およそ若者のほとんどが共有し、今も他の席で喋る大学生たちから二~三秒に一回は聞こえて来るような言葉に、いつのまにかバーガーとサラダを食べ終えていた竹千代は微笑んだ。
           事態が自分の思う通りに進行していることに満足しているような笑顔。
           これだから竹千代は危険


          IP属地:安徽来自Android客户端5楼2021-11-24 12:23
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            こうだから小熊は竹千代の傍にいる


            IP属地:安徽来自Android客户端6楼2021-11-24 12:23
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              第5話 黒衣
               それまで優雅な食休みを楽しんでいるように見えた竹千代は、小熊が健康茶でハンバーガーとサラダの余韻を洗い流した頃に席を立った。
               小熊は竹千代が食事中の相手に自分を待たせているという不必要なプレッシャーを与えないところは大したもんだと思った。そして相手に自分の時間を無駄にさせない行動も。
               すぐに店員が擦り寄ってきて、使い捨ての食器が一つも使われていないトレイを片付けた。竹千代は満面の笑みを浮かべた店員に軽く手を挙げて応える。それから当たり前のように竹千代の後ろをついていく小熊のことを上から下まで眺めまわし、軽く鼻を鳴らして歩き去った。
               サンフランシスコかハンブルグあたりのホームメイド・ハンバーガーショップを模した店なら、こちらのほうがご当地流なんだろう。
               小熊は余裕あるかのような微笑みを見せながら胸の前で店員に手を振ったが、彼女は一顧だにせずトレイを手に歩き去る。小熊は壁に架けられたパブミラーと呼ばれるビールや清涼飲料水の宣伝用プリント印刷が施された鏡を覗き込みたくなった。
               ここのところ新生活におけるリノベーション作業とカブの整備で忙しかったせいか、器量が少し落ちているのかもしれない。
               この店員が竹千代の外面を随分気に入っていて、彼女と当たり前のように行動を共にする自分のことを怪しみ、訝しんでいることはわかっていた。
               それはとんだ勘違いで、小熊としては竹千代のことを出来る限り一緒に居ることを避けたい相手だと思っている。
               ただ、今さら「ついてきなさい」という言葉が必要な関係ではない。
               小熊は大学構内をきびきびと歩く黒いワンピースドレス姿の竹千代に従った。大学の生徒や職員の竹千代を見る目は、憧憬と警戒が入り混じっている。
               後ろを歩く小熊のことは空気か何かのように誰も見ていない。人から注目されないのはありがたいが、小熊は自分が目に見えない竹千代のベールを後ろから持っているような気分になった。
               食後の運動にちょうどいい十分ほどのウォーキングの後、講堂を離れ人工的な森林を抜けた先に、二階建てのプレハブ棟があった。竹千代の根城である節約研究会の部室。
               学食を出てから一言も発しなかった竹千代が振り向きざまに小熊に話しかける。
              「一階から取ってくるものがあるから、悪いが二階の鍵を開けてくれないか」
               漆黒の髪に青磁の肌。見返り美人とかいう奴だが、鑑賞して楽しむ美人ではなく人の運命を変え、害をもたらす美人。
               この顔をあまり見たくない。基本的に不快だがそれが少し変質したような、畏敬に似た感情を抱いた小熊は、言われた通り鉄製の階段を登った。
               以前この部のビジネスを手伝った時に、その報酬として部の共有財産であるリサイクル素材を好きに自分の物に出来るという権利を得ると同時に、いらないというのに押し付けられた鍵を使って部室の入り口を開錠し、壁の傷に隠された秘密のスイッチを押して引き戸を開ける。
               無人らしき部室の照明を点け。靴紐を解きながら和室仕立ての室内を見回していると、木箱を抱えた竹千代が階段を上がって来た。
               靴を脱ぎシューズボックスの横に蹴りこんだ小熊は、後から入ってきた竹千代のために脇にどいた。竹千代が持っている箱は二つ。高校時代に同級生だった礼子なら、モーゼルを入れるのにちょうどいいと言いそうな木箱と、宝石箱ほどの小ぶりな箱。
               部室に入った竹千代は彼女には珍しい微かな困惑の表情を浮かべる。
              「済まないが」
               小熊はひとつ溜め息をつき、小箱で手の塞がった竹千代の靴を脱がし、スリッパを用意した。
               顔が映るほど磨き上げられた男物のウイングチップをシューズボックスに仕舞いながら、なんで自分はこんな不名誉で屈辱的なことをさせられているのか、今すぐ竹千代が大事に抱えている金儲けの種らしき木箱を掴んで逃げようかと思った。
               二つの箱のどちらを持っていくべきか。昔話に倣うなら小さな箱。しかし竹千代は小熊の予想する範囲内の行動などしない。もしかして、中身より箱そのもののほうが高価なのかもしれない。
               どちらにせよ両方頂戴すれば悩みや迷いは解決する。
               あるいは、二つの箱を持っている人間ごと奪えば。
               立ち上がった小熊は手を伸ばし、竹千代の背後にある引き戸を閉めた。上腕部に竹千代の髪が触れ、顔が近づく。竹千代はハンバーガーを食べた直後の口臭を恥じるように顔をそむけたが、少なくとも嗅覚がまだ都会に汚れていない小熊には、不快な臭いは感じ取れない。
               戸を閉めた右腕を軽く撫でている小熊に、竹千代は軽く頭を下げて部室の隅へと歩き出した。
               まずはこの女が木箱の中に隠した秘密を見てから、どうするかを決めるのはその後でも構わな


              IP属地:安徽来自Android客户端7楼2021-11-24 12:24
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                第6話 チュードル
                 十二畳ほどの和室の奥には、キッチンやトイレに並ぶような小部屋があった。
                 竹千代は小部屋のドアを開け、電灯を点ける。
                 業務用LED灯を天井に備えた和室とは光の波長が異なる白熱灯で照らされた三畳ほどの部屋は、細かい作業をする場所らしい。
                 部屋の三分の一近くを占める栗材の作業机を囲うように、三方の壁が工具で埋め尽くされていた。
                 カブに乗り続けた経験から工作器具については多少わかる小熊が見た限り、工具や道具はいずれも特殊性の高いものばかり。宝飾品の専用工具や写真現像の器具、歯科の技工機材までもが並んでいる。
                 白熱灯と木の机、音楽室を思わせる吸音ボードの壁が柔らかく温かみを与える部屋に似合いの革張り椅子に落ち着いた竹千代は、鹿革のデスクマットが敷かれ、散らかりや汚れなど微塵も見られないテーブルに二つの木箱を置く。
                 小熊が椅子の背後にある狭いスペースに突っ立って後ろから眺める中、竹千代は小さな箱を慎重に開けた。
                 中身は腕時計だった。チュードルのステンレス製ダイバーズウォッチ。文字盤には薔薇のグラフィックがあしらわれている。
                 竹千代はもう一つの大きな木箱を開けた。中身は時計修理用の工具。机の隅、手の邪魔にはならないが手を伸ばせばすぐ届く位置に工具箱を置いた竹千代は、腕時計を自分の目の前に置き、キズ見と呼ばれる眼窩に装着するルーペを付けた後、腕時計の分解を始める。
                 肉眼では見えない患部を顕微鏡を見ながら手術する外科医と同じ領域の作業。技術者より芸術家を思わせる手つき。小熊は自分がカブを整備する時の段取りに似ていなくもないと思った。
                 小熊はなぜか呑むように止まっていた息を一旦吸い、それから竹千代に話しかけた。
                「それが今日の金儲けという訳?」
                 部室に入って以来一言も喋らなかった竹千代が口を開いた。
                「ああ」
                 寡黙な竹千代に、普段の饒舌な彼女とは別の顔を見せてもらったような気分になった小熊は、続けて言葉を発する。
                「時計には詳しくないけど、どこで手に入れたのかは興味がある」
                 竹千代は頬を緩ませて答えた。
                「警視庁の監察医務院さ。保管期限の過ぎた遺品の落札に参加した」
                 竹千代は子供が空き地で拾った石を自慢するようにくすくす笑いながら言う。
                「大したものだ。着けていた持ち主はほとんど魚の餌になっていたのに、これは綺麗に残った」
                 小熊は竹千代がいじっているダイバーズウォッチを見たいような見たくないような気持ちに駆られたが、どうやらここで修理を始める前に全体の洗浄は終えているらしい。
                「それを素人修理で直し、見た目も前歴も綺麗にして売り飛ばす、と」
                 竹千代は小熊の肉眼では見えないようなネジを外しながら答えた。
                「これでも私の鑑定と手技を信頼してくれている人間は何人か居てね、私自身が仕入れ、オーバーホールした物ならという条件つきで譲って欲しいという話は既に幾つか来ている」
                 竹千代が行っているのは簡易的な分解清掃らしい。裏蓋を開けて幾つかの部品を取り出し、薬液が満たされた機材に漬けて超音波振動による洗浄を行っている。
                 機械式時計に疎い小熊も、製造されてあまり時間の経っていない時計は、全体を浸漬し洗浄するような本格的なオーバーホールは時計自体の寿命への弊害のほうが大きいと聞いたことがある。
                 部品洗浄を終え、工具の木箱から幾つかの交換部品を取り出した竹千代は、部品を再び組み付けた後、開けた時よりずっと慎重な手つきで裏蓋をねじこむ。
                 一通りの作業を終えたらしき竹千代はキズ見ルーペを目から外した。時計を軽く振って自動巻きのゼンマイを巻き、耳ではなく掌で作動音を聞くように時計を掌に乗せた。
                 意識を集中しているらしき竹千代は急に後ろを振り返り、小熊の手を取る。
                 竹千代は小熊の腕を引き寄せ、手首に巻いたカシオの腕時計を見た後、チュードルの時間を合わせる。
                 竹千代の細い手首には腕時計の類は無い。止まっていた時を終わらせ、今の時間を表示しているチュードルを見ながら、竹千代は呟く。
                「作業開始から五十五分か。まぁまぁかな」
                 小熊は何かしら金策のヒントが無いものかと思ってここに来たが、これ以上居ても得られる物は無いらしい。
                 この腕時計を売った金が竹千代の時給だと思えば、そのマネーメイク能力は低くないが、特殊すぎて小熊の中に取り入れることは出来ない。
                 ライディングジャケットをめくり、少なくとも精度に関しては竹千代のチュードルを上回っているカシオのデジタル時計を一瞥した小熊は、カブに乗るようになって以来愛用しているカシオを労わるように指で撫でた。
                 おそらくは高価な値のつくチュードルを、ただの金儲けの道具を超えた


                IP属地:安徽来自Android客户端8楼2021-11-24 12:25
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                  愛玩を以て扱う竹千代の手つきには及ばない。
                   案外竹千代も自分と同じく、人をうまく愛せない人間なのかもしれない。
                   竹千代に挨拶も無く小部屋を出た小熊は、出口ではなくキッチンに向かいながら言った。
                  「気が向いた。お茶を淹れる」
                   振り返った竹千代は相変わらず意図の読めない微笑を浮かべながら言った。
                   ここで気を許した笑顔を見せるような女なら、小熊はここに来て竹千代と一緒の時間を過ごす価値を認めていない。
                  「お茶もいいが、実は以前から君や春目君が好んで飲んでいるコーヒーという物に興味があるのだ」
                   食器棚を横目で見た小熊は一つ頷き、ポットに水を満たして火にかけた。 


                  IP属地:安徽来自Android客户端9楼2021-11-24 12:28
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                    第7話 ドングリ
                     流し見した時にそうかなと思っていた生成り色の麻袋は、開けて見るとやはりコーヒーだった。
                     この棚にあるのがインスタントコーヒーだけなら、小熊は竹千代にコーヒーを淹れようなんて思わなかった。
                     袋のスタンプはインドネシアあたりの文字らしく小熊には読めなかったが、中身の豆は家畜の餌のようなひどい代物だった。
                     いったいどこのコーヒー産地で採れた物なのか形がいびつで不揃い、焙煎も甘いらしく色が浅かった。
                     キッチンを見回した小熊はフライパンを見つけ出し、軽く焙煎し直した。生豆を買ってきて自家焙煎しているコーヒーマニアに殴り倒されそうな手順だが、薫りはなかなか。
                     どうやら美味なるコーヒーには見えないがカフェイン補給剤としての用は果たすらしい。小熊は春目にそれほど多くを求めているわけじゃないし、竹千代は多くを与える価値のある相手というわけでもない。
                     手回しのミルで豆を粗挽きにした後、湯が沸くまでドリッパーやフィルターを探していて気づいたが、春目の縄張りらしきセッケン部室のキッチンは、随分と散らかっている。
                     食材をあまり置かないせいか不衛生ではないが、ポットはコンロの横に置きっぱなしになっていて、コーヒーを淹れる器具も小熊なら同じ場所、あるいは右手でコーヒー豆の袋を手に取った時、自然に左手が伸びる場所に置いているが、このキッチンは何か作業するたびにキッチンの中でダンスでもするように歩いたり回ったりしなくてはならず、動きが悪い。
                     ここで料理をするならば頻繁に手にする調味料類も、わざわざしゃがんで開けなくてはならない一番下の引き出しで、取り出す時に料理から目を離すことになる。
                     このままではキッチンという作業スペースが事故の誘発装置になると思った小熊は、せめて目の前にある食器棚くらいは雑多な中身を分類したいという気持ちに駆られたが、そこは他人の作業場、どうせ何か起きても自分の命じゃないと思い、手をつけなかった。
                     ドリッパーにセットしたフィルターペーパーにコーヒーの粉を落とし、沸騰後少し冷ましたお湯を慎重に注ぐ。なかなかの手際で二杯のコーヒーを淹れおわった頃、外から自転車が停まる音が聞こえた。
                     豆と湯はまだ余っていたので、小熊はコーヒーをもう一杯淹れ足した。もし自転車の主が小熊の思っている人間ならば、この部室に少し長居して貰わなくてならない。
                     小熊がカブで遊び回っていた十代後半の多くを、カブで過重な労働を課せられ使い潰されていた春目は、小熊を一段も二段も上回るカブの操縦テクニックを有しているが、小熊にも教えてあげられることはあって、説教の一つもしてやらなきゃならないこともある。
                     とりあえず、コーヒーはもうちょっといい物を買え、と。
                     竹千代よりピッチの早い、言い方を替えれば優雅さが感じられぬ歩調で階段を昇ってきた後、小熊と同じ手順で引き戸のロックを解除したのは、やはり春目だった。
                     ここまで急ぎ目に自転車を漕いできたらしく、少し息を切らした春目は言った。
                    「こんにちは竹千代さん! あ、小熊さんも来てたんですか? 今日はこれを取りに来ただけで、今から自治体の草刈りに行かなくちゃいけないんです。セリとかヨモギとか、捨てるなんてもったいないので」
                     部室の壁にかけてあったドンゴロスの袋を手に取った春目は、くんくんと鼻を鳴らした。
                    「小熊さんそれ飲んだんですか?」
                     小熊は盆に乗せた三つのコーヒーカップの一つを手にして一口飲んだ。
                     苦みは粘っこく残るくせに口をさっぱりさせる酸味は無い。控えめなのではなく、元々酸味をもたらす成分が入っていないような欠陥品。
                    「少し貰った、これはアラビカ種のコーヒーじゃない、きっとロブスタの変種だけど、こんなひどいコーヒーは初めてだ」
                     春目は首を傾げながら言う。
                    「それ、ドングリです」
                     和室の中央に置かれた無垢材の卓子の前で、それまで瞑想をするように瞳を閉じてコーヒーを待っていた竹千代がゆっくりと瞼を開ける。
                    「秋にたくさん落ちていたから頼んで譲って貰ったんですが、コーヒーにしようとして色々試してもダメで、大学で飼っているウシにあげるために置いといたんです」
                     竹千代は静かに小熊を振り向く。平穏な感情を宿す竹千代の黒い瞳を覗き込まずとも、内心で腹を抱えて大笑いしているのがわかる。
                     キッチンに入ってきた春目が食器棚からずっと遠くのトイレ脇に置かれた缶を持ち上げて言った。
                    「コーヒーはこっちです。こんな袋にコーヒーを入れるわけないじゃないですか」
                     竹千代は手を伸ばし盆からカップを手に取った。一口啜ってから言う。


                    IP属地:安徽来自Android客户端11楼2021-11-24 12:30
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