月曜日の朝、おそうじをするときに、えみ子さんは、机の 下に、白いハンカチが、くしゃくしゃにまるめられているのを见つけました。ひょっとひろいあげてみますと、ハンカチの中から、小さな黒いものが、ぽろりと落ちたのです。
なんと、それは,长ぐつでした。
ほんの、つめの先ほどの。けれど、ほそい金のチャックがついていて、うらには、ギザギザのゴムまではってあります。
(まあ、こんな物が、どうして……)
えみ子さんは、この片方のくつを、手のひらにのせて、まじまじとながめました。
(まるで、小人のくつみたい……)
ふと、えみ子さんは、じぶんが、别の小さな世界へひきこまれていくような気がして、くらくらしました。机の前にすわって、ずいぶん长いこと、长ぐつを见つめていましたが、やがて、ゆっくりと、こう思いました。
(これは、たしかに、小人の物だわ)と。
それから、はっと颜をあげて、
(あのひと、もしかしたら、小人を知りあいなんじゃないかしら……)と。
えみ子さんは、まだほんの少し、小人を信じていました。
むかし、花屋の小さな女の子だったころ、一度だけ、小人を见たことがあったのです。
あれはたしか、パンの小人でした。
つくりかけのパンの中にいたのですから。
お母さんが、大きなまな板の上で、粉をこねていたとき、その指の间に、白いものが、ちらっと働いたのを、えみ子さんは、たしかに见たのです。
はじめ、それは、お母さんの指のかげのように思われました。が、お母さんが、バターを取りに、ちょっとそこをはなれたときにも、ちゃんといたのです。
小人は、白い服を着て、白いぼうしをかぶっていました。よくよく目をこらすと、まな板の上には、そんなのが五人も六人もいて、めまぐるしく働きまわっていたのです。手に手に、麦わらのような、ほそい棒を持っていました。ときどき、それを口にくわえては、粉の中に、空気をいれているのです。
「うわあ」
えみ子さんは、大きな声をあげました。
「お母さん、早くきて、早く早く」
その声を闻いて、お母さんが、かけてきました。
「どうしたの、えみちゃん」
お母さんは、えみ子さんの颜を、のぞきこみました。えみ子さんは、胸をドキドキさせて、
「小人が」
と、そこまでいって、目を粉の上に近づけたのですが、小人のすがたは、もう、どこにもありませんでした。お母さんは、
「おとぎ话の読みすぎじゃないの」
と、わらいました。
けれど、焼きあがったそのパンが、とびきりよくふくらんでいるのを见て、えみ子さんは、これはやっぱり、小人の働きなんだと思わずには、いられませんでした。
(パノをつくる小人って、きっといるんだわ。もしかしたら、どこかにおおぜい集まって、小人の国をつくっているのかもしれない)
えみ子さんは、そんなことを考えました。
もう、十年以上前のあの日のことを、えみ子さんは、今、まざまざと思いだしたのです。そして、小さな长ぐつをのせた手を、とじたりひらいたりしながら、たしかに小人はいるのだと、はっきり感じたのでした。
けれども、その小人のくつが、どういうわけで、片方だけ、このはやに、まぎれこんだのか、それは、どうしても、わかりません。そして、もうひとつ、このへやには、どうもわからないものがありましたっけ。
あの、へんな古いつぼ。
この间まで、からっぽだったつぼの中に、きのうは、お酒がはいっていたのです。それも、菊酒という、びっくりするほどおいしいお酒が。
小人の长ぐつと、古いつぼー。
その日一日、えみ子さんは、ぼんやりすわって、考えこんでいました。