双海詩音ショートストーリー「帰国」 - メモオフ20th ラストメモリー総選挙
――カランカラン。
彼女がシーサイドカフェ・YuKuRuの扉をくぐったのは、春の日が落ちて、少し肌寒さを感じる夕暮れ時だった。
「いらっしゃいま……せ」
言ってから、出迎えた店員の女の子は一瞬、その女性客に見とれてしまった。
白銀のような不思議な髪色が、オレンジ色の夕日に照らされ美しく輝いている。そして彼女のゆったりと揺蕩うような落ち着いた空気感は、それなりに多くの人々を見てきた彼女にとっても初めてのものだった。
「待ち合わせで、あとからひとり来ます」
多分……と、彼女は呟くように付け足した。
「かしこまりました。空いているお席、どうぞ」
待ち人が現れれば、すぐにわかるようにと窓際の席を勧めた店員に、彼女は軽く会釈をして席に付いた。と、その時だった。
「おー、双海さん! いらっしゃい!」
「久しぶりですね、稲穂さん」
奥でグラスを磨いていたはずの店のマスターが、喜色満面で現れた。
店員の女の子にとって、こんなマスターの笑顔を見るのもまた初めてのことだった。
「あ、日紫喜さん、ここは俺がやっとくからいいよ。彼女、俺の高校の時のクラスメイトなんだ」
「双海詩音です。はじめまして」
「あ……日紫喜瑞羽です。はじめまして」
――なんとなく、今日は幸運だった気がする。
そんなことを考えながら、瑞羽は自分の仕事に戻るのだった。
「ふふっ。稲穂さんがこうして人を雇ってお仕事してるなんて、なんだか不思議ですね」
「そりゃ、俺が一番そう思ってるよ。まさかこんなことになるなんてなー」
今は休憩中だからと言って詩音の正面の席に腰を下ろした信は、苦笑いを浮かべつつぼやいた。彼は高校を卒業後、世界のあちこちを巡っていたのだが、結局は姉の勧めでこの店のマスターに落ち着いたのだった。
「見た目も随分変わりましたよね」
「そうかー? 俺はその時々の時代に合わせてるだけなんだけどな。大体、それ言ったら双海さんだって……それになんていうかさ、高校の時より俺たち自然に話せるようになった気がしない?」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」
確かにそうかもしれない、という言葉を詩音は珈琲の一口と共に飲み込んだ。
「……ブレンド、美味しいです。味の輪郭が、以前よりはっきりした感じがします……腕を上げましたね。なんて、偉そうですが」
「おっ、嬉しいねぇ。良かったら紅茶も飲んでってくれよ。こっちは双海さんには敵わないと思うけど」
「うんうん、詩音ちゃんは紅茶博士だからね~」
ふたりの会話に急に入って来た女性がひとり。そんな彼女を出迎えるように、詩音はにっこりと微笑んだ。
「今坂さん、お久しぶりです」
「ええー、そうじゃないでしょ。詩音ちゃんと言えばほら、アレ」
「……ごきげんよう、ですか?」
「そうそう、それそれ!」
「なんだ、双海さんが待ってたのは唯笑ちゃんだったのか」
今坂唯笑もまた、ふたりの高校時代のクラスメイトだった。今は近くの病院で看護師として働いている。
「しっかし、嬉しいねぇ。こうしてふたりが揃ってるのを見ると、なんだか昔に戻ったみたいでさ」
「うわー、信くんそれ完全にオジサンのセリフだよ?」
「ぐっ……そ、それじゃ、俺は仕事に戻るよ。ごゆっくり」
そう言って信は詩音の相手を唯笑に譲り、少し客の増えてきた店内をさばくために戻っていった。
「詩音ちゃんゴメンね、ちょっと遅れちゃって」
「お仕事、相変わらず忙しいんですか?」
「それもあるんだけど……さっき来る途中で、すっごく可愛いねこぴょん見つけちゃって! 真っ白でモフモフで、誰かの飼い猫だったのかも~。ほらほら、見てみて!」
「……ええ、本当に可愛い」
唯笑のスマホの画面は、白い猫の写真で埋め尽くされていた。ただ、その猫は確かに可愛い……のだが、詩音の言葉はそれ以上に嬉しそうな笑顔を見せる親友に向けてのものだとは、彼女は気付いてはいないようだった。
「ふふっ。今坂さん、相変わらずですね」
「あははっ、よく言われるよ。この前も、かおるちゃんと小夜美さんに会ってねー」
「懐かしいですね……おふたり、お元気でした?」
「元気も元気、なんならパワーアップしてる感じだったね。そだ、今度一緒に遊ぼうよ。みなもちゃんも呼んでさ」
「ええ。私、この前の同窓会も行けませんでしたから」
久しぶりに澄空学園の卒業生で集まろうということで招待状は届いていたものの、あいにく詩音は仕事の都合がつかず欠席してしていたのだった。
「そっかー、ちょことかで連絡はとってたけど、ホント実際に会うのは久しぶりだもんね。ロンドン行って二年ぶりぐらいだっけ?」
――カランカラン。
彼女がシーサイドカフェ・YuKuRuの扉をくぐったのは、春の日が落ちて、少し肌寒さを感じる夕暮れ時だった。
「いらっしゃいま……せ」
言ってから、出迎えた店員の女の子は一瞬、その女性客に見とれてしまった。
白銀のような不思議な髪色が、オレンジ色の夕日に照らされ美しく輝いている。そして彼女のゆったりと揺蕩うような落ち着いた空気感は、それなりに多くの人々を見てきた彼女にとっても初めてのものだった。
「待ち合わせで、あとからひとり来ます」
多分……と、彼女は呟くように付け足した。
「かしこまりました。空いているお席、どうぞ」
待ち人が現れれば、すぐにわかるようにと窓際の席を勧めた店員に、彼女は軽く会釈をして席に付いた。と、その時だった。
「おー、双海さん! いらっしゃい!」
「久しぶりですね、稲穂さん」
奥でグラスを磨いていたはずの店のマスターが、喜色満面で現れた。
店員の女の子にとって、こんなマスターの笑顔を見るのもまた初めてのことだった。
「あ、日紫喜さん、ここは俺がやっとくからいいよ。彼女、俺の高校の時のクラスメイトなんだ」
「双海詩音です。はじめまして」
「あ……日紫喜瑞羽です。はじめまして」
――なんとなく、今日は幸運だった気がする。
そんなことを考えながら、瑞羽は自分の仕事に戻るのだった。
「ふふっ。稲穂さんがこうして人を雇ってお仕事してるなんて、なんだか不思議ですね」
「そりゃ、俺が一番そう思ってるよ。まさかこんなことになるなんてなー」
今は休憩中だからと言って詩音の正面の席に腰を下ろした信は、苦笑いを浮かべつつぼやいた。彼は高校を卒業後、世界のあちこちを巡っていたのだが、結局は姉の勧めでこの店のマスターに落ち着いたのだった。
「見た目も随分変わりましたよね」
「そうかー? 俺はその時々の時代に合わせてるだけなんだけどな。大体、それ言ったら双海さんだって……それになんていうかさ、高校の時より俺たち自然に話せるようになった気がしない?」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」
確かにそうかもしれない、という言葉を詩音は珈琲の一口と共に飲み込んだ。
「……ブレンド、美味しいです。味の輪郭が、以前よりはっきりした感じがします……腕を上げましたね。なんて、偉そうですが」
「おっ、嬉しいねぇ。良かったら紅茶も飲んでってくれよ。こっちは双海さんには敵わないと思うけど」
「うんうん、詩音ちゃんは紅茶博士だからね~」
ふたりの会話に急に入って来た女性がひとり。そんな彼女を出迎えるように、詩音はにっこりと微笑んだ。
「今坂さん、お久しぶりです」
「ええー、そうじゃないでしょ。詩音ちゃんと言えばほら、アレ」
「……ごきげんよう、ですか?」
「そうそう、それそれ!」
「なんだ、双海さんが待ってたのは唯笑ちゃんだったのか」
今坂唯笑もまた、ふたりの高校時代のクラスメイトだった。今は近くの病院で看護師として働いている。
「しっかし、嬉しいねぇ。こうしてふたりが揃ってるのを見ると、なんだか昔に戻ったみたいでさ」
「うわー、信くんそれ完全にオジサンのセリフだよ?」
「ぐっ……そ、それじゃ、俺は仕事に戻るよ。ごゆっくり」
そう言って信は詩音の相手を唯笑に譲り、少し客の増えてきた店内をさばくために戻っていった。
「詩音ちゃんゴメンね、ちょっと遅れちゃって」
「お仕事、相変わらず忙しいんですか?」
「それもあるんだけど……さっき来る途中で、すっごく可愛いねこぴょん見つけちゃって! 真っ白でモフモフで、誰かの飼い猫だったのかも~。ほらほら、見てみて!」
「……ええ、本当に可愛い」
唯笑のスマホの画面は、白い猫の写真で埋め尽くされていた。ただ、その猫は確かに可愛い……のだが、詩音の言葉はそれ以上に嬉しそうな笑顔を見せる親友に向けてのものだとは、彼女は気付いてはいないようだった。
「ふふっ。今坂さん、相変わらずですね」
「あははっ、よく言われるよ。この前も、かおるちゃんと小夜美さんに会ってねー」
「懐かしいですね……おふたり、お元気でした?」
「元気も元気、なんならパワーアップしてる感じだったね。そだ、今度一緒に遊ぼうよ。みなもちゃんも呼んでさ」
「ええ。私、この前の同窓会も行けませんでしたから」
久しぶりに澄空学園の卒業生で集まろうということで招待状は届いていたものの、あいにく詩音は仕事の都合がつかず欠席してしていたのだった。
「そっかー、ちょことかで連絡はとってたけど、ホント実際に会うのは久しぶりだもんね。ロンドン行って二年ぶりぐらいだっけ?」